あの子のアタマに流れるメロディ | monoblog

宜野座の夜のライブ

宜野座の『がらまんホール』が主催するライブは告知を見るだけで、いつも魅力的に感じます。世界各国からやってくる実力あるミュージシャンたちの演奏。なぜ、那覇ではなく宜野座にこんな方々が訪れるのだろう? と前から不思議に思って、そこからプロデューサーである小越友也さんにインタビューしてみました。

で、4月に家族で「エンツォ・ファヴァータ クロッシング・カルテット」の演奏を聴きに、がらまんホールへ。バンドマスターであるサックスのエンツォが連れて来たメンバーのサイロフォンとドラム、かなり良かった! ドラムの人はおじいちゃんに近いオジサンだったけど、ガス欠になるまで叩いてた。ベースの女性は、若いけどオジサンたちに負けないプレイをしてた。子供たちにもドラムとサイロフォンの掛け合いの緊張感が伝わっていて、叩く真似をしたり、真剣に聴いていた。

ライブが終わって夜空を見ながら余韻にふけって家路について、、、まではよかったんだけど、息子がライブの音楽に感化されて「自分の好きな曲をipodで聴きながら唄う」という行為にはしりだした。

歌うのは彼の最近のフェイバリット、米津玄師。帰りのクルマのなかで、BGMをかけずに夜の高速を走りながら余韻に浸るはずが、息子の自作版「ヨネケン・アカペラ・メドレー」を聴かされる。耳に残っていたLIVEの余韻は、息子の歌声にすっかり上書きされてしまった。

これには夫婦揃って、イラっとしていた。でも、感化されての行為なんだよなぁ。気持ち良さそうに歌ってるし。だから歌うがままにしました。今回のライブは大人な趣味が強いライブで、それに感化された感性を否定してしまうのは、なんだか気がひけたんです。人生の主役は間違いなく自分だけど、家族の先頭を走ってるのは、間違いなく子供なんだよね。因にがらまんホールのライブ、大学生以下は無料です。これは非常にありがたいです。

それでも流れてくる音楽

仕事中は基本的に音楽はかけないで作業しています。併設してる「Galleryはらいそ」は専用のBGMを流してますが、作業する事務所内に音楽は流れてません。自分には無音のなかで考えたり物を書いたり作業をするほうが、はかどるようです。「ノーミュージックノーライフ」というキャッチコピーはカッコいいのだけれど、ノーミュージックライフも、あっていいかなと。

それでも、脳内に勝手にかかる音楽はあります。朝起きて、布団をたたんで、風呂を洗ったりアイロンをかけている最中に、頭のなかで勝手に曲が鳴り響く。カッコいい曲がかかればいいのだけれど。子供たちが唄ってる曲だったり、中学の時に聞いていたBARBEEBOYSが今更かかってきたり。自分の脳内DJは勝手にいろんな曲をかけてきて、こちらのリクエストなど全く聞いてはくれません。あと、脳内でかかってる曲を、誰かが急に歌い題したりすることありませんか? 我が家では頻繁にあります。ひょっとしたら無意識に自分が口ずさんでいるのか? シンクロなのか、あれはなんという現象なんだろう。

テンパった彼女の頭にかかる曲

かつて飲食のバイトをしていた頃。キッチンだったりカウンターだったり、ホールだったり。いろいろなパートをやりました(やらされました)。人気のある店だと週末の夜はお客様でごったがえします。みんなお酒をよく飲むし、料理もたくさん頼む。食べるから、またお酒が進む。キッチンやカウンター、ホールも大忙し。繁忙店で特に忙しいシフトに入り続けていると、忙しい時間帯に麻痺してくる、というかハイになってくることがあります。次にどこに行って何をして、誰かに呼ばれる気配も背中でわかるような。感覚が研ぎすまされているようなテンションになってくるのです。そんなとき、一緒に働いていた、お店の看板娘的な女性kieちゃん(仮名/カミサンではありません)に言われました。「コーノくんてホールで働いてるとき、何考えてるの?」。

え!? なにその質問、、、エーと、基本アセりながら、考えるっつーより、お客さんのグラスに入ってる酒の量とか皿とか見つつ、バーの酒作ってる動き確認しつつ、空いたグラスとか片付けつつ、キッチンでオーダーした料理が出るタイミング探りつつ、、シンクの皿とかグラスの溜まり具合とかみながら、、、酒とか料理とか空いた皿とかグラスとか運びながら店中を行ったり来たりしてる。割とフラットに答えてみた。で、「じゃぁKieちゃんは何考えてるの?」と聞いたところ「あたしは、満席になってテンパってくると頭の中に『I WILL SURVIVE』がかかるんだよね!」。

グロリア・ゲイナー『I WILL SURVIVE』

こんなんアタマに流して仕事したるなんて、、、オレよりハイじゃんか!!! どうりで彼女の動き、見てるとトリッキーだった。なぜその状況で、その時に、その場所で、そんな事してるんだい、君は? ていう事が多かった。良く言えば漫画『SLUM DUNK』の山王工業戦における桜木花道のポジショニングだ。

しかも店内には、店の主が厳選した、店の雰囲気と、酒と、食事に合ったBGMがかかってるというのに。「なんで、そんな曲が頭にかかってる?」と訪ねたら「だって、忙しすぎて『私、死んじゃうかも』って思っちゃうから自然と流れてくる」だって。かかってるBGMすら無視して、脳内DJが勝る人、なかなかいないのではないでしょうか。

 

ガッカリした時のため息を歌に乗せて

年に何回か、とーってもガッカリすることがあります。ため息しか出ない。出したため息がより、自分を落ち込ませる。だから、またため息が出ます。その繰り返し。でもどうにもならない。解決するとしたら時間くらいかも。そんな時、まず落ち込んでいることを自覚します。そして、ため息をちゃんとした音にします。『ハァ』とか『はぁぁ』といった息系のため息ではなく、キチンと声にして『あ〜あ〜』と言ってみます。これを何回か繰り返します。誰かがいると恥ずかしいので、たいてい一人で車の中でします。何回か繰り返したのちに『あ〜あ〜』のメロディをつけてきます。そこから、一休さんのオープニングのサビを声を大にして唄ってみます。

『一休さんのテーマ』

歌詞の意味とかよくわかりませんが、この意味不明フレーズを何度か繰り返すうちに「こんなアホな歌詞唄えるくらいまで回復したわ」って気分になれます。これが私の気落ちしたときの「相場の底打ち」として、その後は、だいたい、なんとかしてなんとかなっていく感じです。

意外に泣かせる一休さんの『エンディングテーマ』

 

「嫌だ!」と思ってたときに降りてきた歌

サラリーマン時代、いろんな仕事が上から下へ流れてきます。そこで「嫌です」とか「できません」と、なかなか言えないのが「空気」です。それでも、年に何回か本気で「嫌だ〜、これやりたくね〜!!!」って仕事がありました。たいてい仕事が詰まっててそれでも入ってきちゃって、しかも際どく(例えば薬事法とか引っかかりそうな案件など)、しかも異常なスケジュールをクライアントが提示してて、これはもうムリだよー、嫌だよ、抱えてる他の案件に迷惑かけるよー、やりたくねーよー。などと思いつつも、上司からの言われた内容について冷静な声色で「ハイ。」「ハイ。」「わかりました」「ハイ。」と頷いてます。ひとしきり話した上司が席を立ったあと「はぁぁぁぁああああ、嫌だ、嫌だ、ダメなんだ〜、やりたくねぇぇぇ〜」と心と頭で思ってました。そして、それは口からも自然に出てたようです。

一連のやりとりを聞いていた同じチームのスタッフたちも、内容から案件のキツさを理解しつつ、自分の心の声がダダ漏れしてたため、チームの島の雰囲気はすっかりドヨ〜ンしてました。それすら気づかず、嫌だ〜、やだよー、やりたくねぇよ〜、と言い続けてました。やだよ〜やだね〜ぇ、っていつまでも嫌だいやだいってるうちに、いつの間に飽きて来たのか「やだねったら、やだね〜。やだねったら、やだね〜」と氷川きよしの『箱根八里の半次郎』を口ずさんでいる自分がいて、チーム内から失笑が漏れてました。あれ、と状況をすこし把握して、自分は「嫌だの向こう側」にいけたんだな、と思いました。結局その仕事がどうなったのか、それはあまりよく思い出せませン。

氷川きよし『箱根八里の半次郎』のサビ

ハリーポッターのホグワーツ魔法学校のダンブルドア校長も「音楽は最高の魔法だ」と言っています。「愛は地球を救う」ように「音楽は人を救う」と思います。曲の好みやかっこ良い悪いは別として、今まで何度か助けられてきました。人それぞれに救われる曲、何かを越えられる音楽があるのかも。アニソンだろうが、ど演歌だろうが、それで心が洗われるのなら、貴重で大事なものではないでしょうか。