人生にあった「まさか」の下り坂 | monoblog

それは4月中旬のことでした。

息子と一緒に自転車に乗っていたとき。近所の海沿いの道。下り坂の途中で海からの風が吹き上げて、帽子が飛びそうになった。抑えようと片手を頭に持っていったときにバランス崩していた。

 

アスファルトに左手と右腕を、それから膝や顔をぶつけた。たぶんそんな感じ。いろんなところが凄く痛い。後ろから追ってきた息子は、いったん家へ戻りカミさんを呼びにいってくれた。とりあえず、自力で歩いて家に帰ることはできた。それから近所の整形外科へ行くと、

 

二箇所骨折してて両方手術で入院だね

外科医のオジサンはレントゲンを見ながら一点の曇りもなくそう告げた。47年の人生「骨折」も「手術」も「入院」もしてこなかったそれは幸せだったのかもしれないし、経験が足らなかったのかもしれない。人生の初体験を三つ同時にすることになってしまった。おまけに二箇所、同時多発。

骨折とか手術とか入院で思ってたんと違ったこと

 

手術ってすぐに出来ない

骨二箇所も折れてるから、手術ってすぐ出来るのかと思ってたら「予約取れるのが5日後です」って言われた。その間に処置とか特になし。処方された痛み止めを飲む毎日。腕の紫色がどんどん全体に侵食してきて「ひょっとして腕落とさなきゃいけないのかも?!」と不安になりつつも、だんだんと痛いのに慣れてきてた。そのうちに顔から吹き出物が出たりしてきて、なんだろうと思ったら「薬疹」っていうアレルギー症状だった。こんなことも初めて知りました。

 

手術室で「音楽は何聴きます?」と尋ねられ

 

全身麻酔は何となく怖かったので伝達麻酔を選びました。このため、手術中に意識があるからリラックス効果などを狙ってかBGMを流してくれ流ようです。邦楽か洋楽、最新か懐メロの選択肢を伝えられたので「最新の邦楽」をチョイス。手術中は画面にレントゲンみたいな動画が映ってていて手術の様子が見てとれた。

手術はボルトとプレートを入れる作業がメインだったのでインパクトドライバー使ったDIYみたいな映像だった。髭男の「Pretender」とかKing Gnuの「白日」が流れる中で、そんな手術風景を眺めてました。

石膏とかでガチガチに固定されるかと思ってたら

傷口にジェルが固まった大きな絆創膏で覆って、あとは包帯を巻いただけだった。子供達に絶対ラクガキされるかと憂慮していたけど、杞憂に終わりました。

手術後の初日は不要不急の外出どころか「ベッドからも出ちゃいけない」って言われた。

両手麻酔してて感覚が戻るまで危ないから、当日はこんな感じ。尿瓶も初体験。点滴打ってるから溢れ出ちゃうかと思うくらい出でしまい、ベッドを汚さないかと不安になってました。

 

病院のご飯は、割と美味しかった

右肘が不自由だったから初日の夜だけ食べさせてもらいました。看護師さんはみんなキビキビと働いていて、とても優しかった。

コロナの影響で面会も禁止。ベッドに一人きり。入院病棟はフリーwifiだったので「ひろしチャンネル」のソロキャンプを観ながら、病室で自分もソロキャンプしている気分になってました。

小説『復活の日』を読みながら病室の窓からの景色を眺め「向こうの世界はこんな感じになってるんだなぁ。。。」などと勝手な想像を膨らませてました。

こんな感じの入院生活でした。思った以上に回復が早く、入院待機してる方も多いので退院が前倒しに。

 

抜糸はいつか聞いたら「抜糸しないタイプ」だった

退院から10日過ぎて病院へ。先生が包帯取って縫合後を確認したら「もう取っても大丈夫です」と、何もかも外された。嬉しい半面ちょっと、いやかなり不安だったんですが、これからはリハビリのためよく動かす、とのこと。

骨折した翌日に売れた一冊の本

 

しばらく前にメルカリに出したきり、ほったらかしにしていた本が骨折した翌日に売れました。タイトルはコチラ。

このタイミングは一体なんなんでしょうか。。。これを知ったカミさんが一言

「次のブログのタイトルはこれだねー!」

 

とドヤ顔で言い放ちました。返す言葉もございません。子供の頃の感覚で自転車に乗っていても、身体や体力は運動不足なアラフィフのポテンシャル。その差を感じました。知人の工芸作家から「すぐに筋力が衰える」というアドバイスの通り、軽い物を持っても、秒で肩が疲れてくる。肘も手首も全然曲がらなくなってしまい、毎日のこまめなリハビリを不要不急の自宅待機の日課としています。

 

退院後、最初はお風呂も息子に手伝ってもらい、車の乗り降り、シートベルトも付けられなかったけど、日に日に自分で出来るようになってきて、今ではチャーハンやカレーにオムレツくらいは作れるまでに。家族に迷惑や負担をかけてしまって申し訳ない気持ちがあったけど、みんな嫌な顔とかしないで手伝ってくれるのが身体とココロに染みてます。

因みに仕事はた退院後の翌々日からなぜかバリバリにやってる感じ(しかも土曜日)。両手の手指は無事だったのも不幸中の幸いでした。最後に、骨折によってデザインのアップのスケジュールなど遅延が余儀無くされてしまいました(割とイロイロ仕事が動いてました)。事情を説明したところ、各クライアントさんもご承諾いただけたことに誠に感謝いたします。ご心配・ご迷惑おかけしたこと、お詫び申し上げます。